2011年7月15日金曜日

好きなものを腹一杯食べること


先のエントリ、鰻とご飯のバランスで、おいしい鰻をたくさん食べることを書いた。その鰻の話はごく最近のことだが、それは最近始まったことではない。それを書いていて、久しぶりに思い出した子供の頃の記憶があった。

私が小学校4年生ぐらいのときのこと。もう40年も前のことだ。

「好きなものを腹一杯食べてみたーい」

そう強く強く思っていたことがある。
当時、我が家は東京の下町の商店街で家族経営の中華料理店を営んでいた。そして住まいはその店の奥にあった。「お前、いつもラーメン食べられていいな」と友だちによく言われた。本人には優越感のカケラもなかったが・・・・。まぁ、だいたいそういうものだ。

当時、そんな私が腹一杯食べてみたかったのは、ケーキ(洋菓子)。

何せ住まいが商店街だったから、商店街を毎日何度も行き来するのだが、日中と夜とでは景色がずいぶん変わった。その洋菓子店は、我が家の並びの5軒先だった。ちょうどアーケードが切れて3軒ぐらいしたところ。街灯はあるものの、アーケードがない分周りは暗くなる。夜になるとそのきらびやかな店内の照明はまるで別世界を照らしているかのようだった。冒頭のイラストは、その洋菓子店を思い出しながら描いたもの。

子供だから、夜はあまり外出しない。が、その住まいには風呂がなかったので、日が暮れた頃に、毎日銭湯に通った。銭湯はその洋菓子店の少し先だった。ガラス張りの洋菓子店。その中にあるショウウィンドウには、キラキラした照明に照らされた色とりどりのケーキが並んでいた。風呂桶を抱えながら、店の前に立ち止まり、「あのモンブランとかいうやつ、どんな味がするのかな」とか「昨日はなかったイチゴのショートケーキがきょうはたくさんあるな」などと、毎日見入ってから銭湯へ行ったり、銭湯から帰ってきたり。

幸か不幸か、そのガラス張りの洋菓子店は差ほど流行ってなかったので、外からでもショウウィンドウのケーキがよく見えた。そのショウウィンドウ越しにはいつも30歳ぐらいの男性の店主が新聞なんかを読みながら座っていた。その人がケーキも作っていたと思う。5軒隣だから、もちろん店主は私のことを知っている。新聞を読んでいた店主がケーキに見入っている私に気がつき、私と目が合うと、私はガラス越しに会釈した。すると、決まって店主はニコッと微笑んでくれた。

当然、私は「ケーキ、買ってよー」と親にねだった。親は、年に1〜2度(誕生日など)には買ってくれたものの、食べても1個。(4年生ぐらいでも1個はペロッと食べてしまう) そして常に残る「あ〜、もっと他のケーキもいっぱい食べたいな〜」という思い・・・・。

「あのショウウィンドウに並んだケーキを、誰にも止められることなく、片っ端から食べてみたーい」

という少年の思いは募るばかり。
そして少年は決意した。

「小遣い貯めるぞー」

これは「決意」ぐらいしないと出来ない。1日10円か20円の小遣いで、それまではせいぜい2〜3日貯めて、一番安いプラモデルを買うのが精一杯。普段は毎日駄菓子を買った。ときどきボールや爆竹などの遊び道具。しかし「ケーキを片っ端から食べる」となると、まぁ1ヶ月以上は我慢の日々が続くことになる。

しかし、その決意は実った。

500〜600円ぐらい貯まったんだと思う。毎日、ガラス越しに見るだけだったお店の重い扉を押し、中へ入った。毎日見ている景色だけど、外から見るのと中に入ったのとでは大違い。緊張し、浮き足だった。

店主は、「あれっ、どうしたの?」と、中に入った少年を不思議そうに見つめた。「きょうは、買うんです」。声が少し震えた。店主にケーキの説明を受けつつ、握りしめたコインを何度も見て、足し算をし、そのときのベストの選択をし、5つ買って店を出た。「ありがとうございます」背中越しの言葉に反応出来る余裕はなかったが、少し大人になった気分になった。

帰宅し目の前のテーブルにケーキを5つ横に並べ、「さーどれから食べようかな〜」。幸せの絶頂だった。

ケーキは1つ減り、2つ減り・・・・。ちょっとずつ無くなっていく寂しさ。そして、次へ次へといくほどに、何故か薄れていく感動。5つすべてを平らげたとき、その数分前の高揚感はすっかり消えていた。

何もケーキがおいしくなかったんじゃない。いくら違うケーキとは言え、5つも食べるとさすがに飽きてしまったのだった。

このケーキ経験の後、近所の鶏肉専門店の店頭でいいにおいを放ちながら焼いてる焼き鳥、そしてバナナ(時代を感じますね)と、「好きなものを腹一杯食べてみたーい」シリーズは少し続いたが、同じものを再びということは一度としてなかった。

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大人になって、バカになってる自分に気がついた。気づかせてくれたのは子供の頃の自分、というのも妙な気分だ。

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