2017年2月17日金曜日

わさび漬けのタルタルソース

きょうの東京は春一番が吹き荒れている。
お昼時になったら、カレーが食べたくなって、近所のインドカレー屋さんへ行って、マトンカレーにナンのランチセットを食べた。額にうっすら汗をかく程度の辛さが心地よかった。

さて、この間、我が家の晩ご飯のおかずがカキフライだったときのこと。カキフライに、私はタルタルソースが好きなのだが、カミさんに「タルタルソースあるの?」とたずねると、「ないから、あるもので好きなようにして食べて」と言われた。その「あるもの」の意味は、中濃ソースや醤油、マヨネーズ、ケチャップなどのことだった。

ちょっと残念な気持ちを持ったものの、そのときたまたま、同じテーブルにのっていた、わさび漬けが目に入った。「これだ」と思った。小さなボウルにマヨネーズを絞って、わさび漬けをたっぷり加え、レモン汁を足して、フォークでかき混ぜる。少し感じるわさびと酒粕の香りがやや和風な、即席タルタルソースになった。

私のイメージとしては、刻んだピクルスが入ってるタルタルソース。あれを、このわさび漬けに変えたバージョンでございます。今回の私の場合は、既に揚げたてのカキフライが目の前にあったので、ソースはすぐに出来ないといけなかったのだけど、おいしかったので、今度は、前もって、ゆで卵やパセリなんかを刻んだのも混ぜてみたいなとも思った。

でも、これってワサビマヨネーズの延長みたいなもんかな?

2017年2月10日金曜日

ふるさとの不思議

冒頭の写真は、東京は江東区、深川は森下町にある「みの家」さんの立派な店構え。桜鍋(馬肉)の老舗です。通称「けとばし(蹴飛ばし)」。東京の下町らしい遊び心のある言い回しだ。で、この店に、先日、何と45年ぶりぐらいに行って、昼食を頂いた。

私は、この界隈に2歳ぐらいから23歳ぐらいまで、その間、多少の出入りはあったものの、住んでいた。なので、この森下が私の「ふるさと」ということになる。「ふるさと」というと、私なんかは、つい唱歌の「ふるさと」(♪兎追ひし彼の山・・・・)を思い起こしてしまうのだが、無論森下には野生の兎も小鮒もいない。また、大学生の頃、初めて地方出身者の知り合いが多数出来たのだが、彼ら彼女らは、「正月はクニへ帰るわ」などと言って帰省した。帰省先に兎が生息していたかどうかは知らないが、私が育った場所よりは自然は豊かであったろうし、無理矢理に自分の帰省先を考えてみても、それは何の変哲もない普段寝起きしている自分の家なのだから、笑えもしなかった。つまり当時、「私にはふるさとはない」と思っていて、「ふるさと」がある人は私が持っていない宝物を持っているようで、羨ましかった。

その後、私はこの町を離れ、30年もの間、遠ざかっていた。そうしてすっかり疎遠になってからこの町を久しぶりに歩くと、他の町では感じることの出来ない特別な感覚が湧いてきた。「帰ってきた」感覚だった。「ここは私のふるさとなんだ」と知らしめられた。おそらく今この町にいる人は、昔から9割方は変わっているだろうし、9割以上の商店も変わっている。それでもこう感じたのだ。

写真の「みの家」さんは、そんな1割にも満たない、「変わっていない」希少なお店だ。実は、「みの家」さんは私が住んでいた昔の時点でも既に老舗ながら、地元の人はあまり行ってなかった。当時私の家族で行ったのも一度きり。「桜鍋」という特別な料理で、普段使いのお店ではないからだ。

実は45年前の、そのたった一度、桜鍋を食べに家族で行って帰宅した直後、私だけが激しく嘔吐した。その姿を見て親父は、幼かった私に「タケシはもう馬肉はやめといた方がいいな」と言ったのを憶えている。「みの家」さんの名誉のためにも、断っておきたい。嘔吐した原因は不明だ。ここを誤解してもらっては困る。ただそうしたことがあった故に、とてもよく憶えている。

そんな思い出のある「みの家」さん。先日、用事があって森下を訪れた際、もう一度食べねばと思い、入店した。老舗のどじょう鍋屋さんなんかと共通した、低めの長〜くのびた座卓。古い木造の建物も魅力だが、お店の方々が醸し出すこの軽やかな雰囲気にタイムトリップした。適度な丁寧さの接客、用があるときの小気味いい対応、そして放っておいてもくれる安心感。(当時の私にはそれが普通のことで、特別ではなかったのだが・・・・) 私の中で、この軽やかな雰囲気が、昭和40年から50年頃の東京の一番の思い出だ。懐かしくも感じるし、こういう居心地のよさの価値を改めて思った。そして、大人になった自分がここで桜鍋をつついている。それが何やら不思議に感じた。甘い味噌だれの甘さは懐かしかった。鍋の火を一番小さくして、ゆっくり箸をすすめ、小一時間をまったりと過ごした。ときどき聞こえてくる話し声からして、周りの客は、明らかに地元の人たちではない。そういう意味でも「変わっていない」。そして今や、私だって地元の人ではない。

「ふるさと」っていうのは、「生まれ育った場所の人間」ではなくなって初めて感じるものなんじゃなかろうか。「私にはふるさとはない」と思っていた学生の頃は、まだ生まれ育った場所に属していたというだけだったのだろう。そう思うと、その頃の自分に耳打ちしてあげたくなった。ずっと「生まれ育った場所の人間」である人たちに「ふるさと」はないのだよ。「ふるさと」が欲しけりゃ、そこから離れなさい、と。

さてさて、おいしく頂いた45年ぶりの「みの家」さんの桜鍋。次は森下界隈のどの店に行こうかと計画を練っている。まるで京都や外国のおいしいものを探すように。

2017年2月9日木曜日

砥石と包丁を研いで想う

我が家の包丁の切れ味は、私の心のバロメーターだ。
心に余裕がなくなると、なかなか研げない。いや、研がなくなると言った方が正確か。

包丁は、日々徐々に切れなくなっていくから、研ぐ必要は徐々にやってくる。そして、あるときを境に、「あっ、包丁が切れなくなってる」と気づく。それでその次の週末なんかに研げると一番いいのだが、それを忘れて何週間も過ぎてしまうこともある。包丁はほぼ毎日使うから、その度ごとに気づいてもよさそうなもんだが、余裕がないと意識がそこに向かないのだ。だからそれは「(忙しくて)研げない」と言うよりは、「研がなくなっている(状態)」とも思える。そして、あるとき「あっ、切れなくなってたんだっけ」と気がつくと同時に、「あー、最近余裕がないな〜」と心が沈む思いをする。この沈む思いをすると、不思議と忙しい心が落ち着いて、その次の週末なんかに研ぐこととなる。

研ぐには、バケツに水を張って、その水が砥石に染み込むまでしばらく待たねばならないし、「どうせなら」と数本ある我が家の包丁を全部研ぐことにしている。だから、なかなか片手間には出来ないのだが、時間にして一時間足らずのことだ。

しかし、今回は、さらなるハードルがあった。中砥石の表面が凹んでしまっているため、包丁を研ぐ前に砥石を研がなくてはならなかった。この半年ぐらい、その必要性に気づきつつも、先送りにしていて、「もー、限界」と思っていたところだった。だから、今回は「包丁を研ぐ」だけでなく、「砥石を研ぐ」心の余裕がないといけなかった。

先日、我が家に来たお袋は、リンゴの皮を剥きながら、その包丁が切れないことを指摘した。そして「今は、シャーシャーと簡単に研げるもの(いわゆるシャープナー)があるから、あれ使えばいいのよ」とアドバイス。でも、どうも私はあのシャープナーを好きになれない。砥石で研ぐのと刃の付き方が違うので、シャープナーを使い始めると砥石で研ぎにくくなってしまいそうだからだ。それに、砥石で研ぎ終わったときの達成感、開放感はたまらないから、その機会を失いたくもない。

有り難くもお袋の指摘で「そぉいやぁ、切れなくなってたわ」と例によって心が沈み、ついこの間、「砥石を研いで、包丁を研ぐ」に至った。冒頭の写真は、中砥石を大方平らにしたところ。まだ真ん中が少し凹んでいる。結構な凹みだったので、真っ平らにするのに、休み休みで1時間かかって大変だった。

最初に、「研ぐ必要は徐々にやってくる」と書いたが、本当はあんまり切れなくなる前に研げば、いつも切れることになるし、研ぐのも楽だ。二十歳ぐらいの頃、バイト先の板前さんが、その日の仕事の終わりに毎日必ず包丁を研いでいた姿を思い出す。もう少し早めに研ぐことが出来るようになれるかな。そんな理想の大人になれるかな。他方で、こういうのって、程々がいいようにもようにも思えてしまうのだけど。少しずつ前進しようと思う。それが性に合っている。

2017年1月26日木曜日

塩資源としての海水(3)海に戻る成分と岩塩・湖塩

先のエントリ「塩資源としての海水(2)」の続き。

海水を今後、500年間、現在のように使い続けると、地球上の全海水の0.001%を使う、そして50年間では、0.0001%使うことになる。

と、先のエントリでは試算した。ただし、これらの試算は、海水を一方的に使う場合のもので、雨や河川などで海に戻っていく成分は考慮されていない。また、現在地球上の人間が使う塩の4分の3を占める岩塩・湖塩のことも考慮していない。

それは、雨や河川で海に戻っていく成分を把握するのはなかなか難しいだろうし、岩塩・湖塩の埋蔵量や今後新たに出来る岩塩・湖塩を推量することも困難だからだ。

しかし、いろいろ思いを巡らせたり想像することは出来る。「想像」だからこれらについての試算はない。ただ、先のエントリで試算した数字の肉付けとして必要と思われるので、その「想像」を記してみたいと思う。

まずは、「雨や河川で海に戻っていく成分」について。

2つ前のエントリ、「塩資源としての海水(1)」でも書いたがことを、改めて下記に引用する。

「海水塩を作るために消費する海水」の成分。そして、「雨や河川から海に供給される水」の成分。理論的には、これらがイコールならば、確かに「海水の成分は変わらない」ということになる。しかし、イコールだろうか? いや、イコールではないハズだ。雨や河川の成分は、主に人間の生活スタイルの変化とともにどんどん変化しているハズだからだ。

海水から作った塩が、雨や河川によって海に戻っていっていれば、「海水を消費する」という一方通行ではなく、持続可能な循環になる。おそらく、人類が昔のように、塩を食用として使うだけならば、(糞尿などで)結局は海に戻っていくような気がする。しかし、現在の日本のような下水(+汚水)処理システム下だと、どうなんだろうか。楽観的にみれば、汚水は有機物をたくさん含むだろうから、その有機物が処理されてミネラルだけが残った処理後の水が海へ戻っていくような気もする。

しかし、先のエントリ「塩資源としての海水(2)」でも触れたとおり、例えば日本の塩の需要の75%はソーダ工業用だ。ソーダ工業用とは、例えば苛性ソーダ(NaOH)などを作るのに、塩は使われる。NaClが水に溶けると、Na+とCl+になることぐらいは分かるが、こうして、化学的にNaClが形を変えてしまうとどうなるのだろう? 昔のように「雨や河川から海に供給される水」の成分は海水と同じような成分になるとはどうも考えにくい。それに75%という割合からしても、食用塩よりも、こっちの工業用の塩についてのことの方が重要になる。

人類の歴史の中で、塩がこうして工業用に大量に使われ始めたのは、ここ100年ぐらいだろうか。とは言え、こうした塩の使われ方は、現在の私たちの生活に密着しているので、今後も長く続くように思われる。ただ、もしもソーダ工業用など化学的にNaClの形を変えて大量に使われ始めたことが、ターニングポイントになって、海水の成分が変わっていくとしたら、たとえそれが「圧倒的な水量」の海水からすれば僅かでも、不可逆で一方通行の変化がすでに始まっていることになる。百年後、塩の用途がどうなっているかは想像出来ないが、世界で一年間に生産されている約2.8億トンの塩がますます増える可能性だって十分にある。

そして、もうひとつ。岩塩・湖塩について。
現在地球上の人間が使う塩の4分の3を占める岩塩・湖塩について。

先のエントリ「塩資源としての海水(2)」でも触れたが、年間の塩の生産量、約2.8億トンの塩のうち、4分の3は、岩塩・湖塩だ。たった3.4%の塩分濃度の海水を濃縮して塩を作るよりも、立地条件のいい(運搬するのに過大なコストがかからない)岩塩・湖塩は比較的コストがかからないだろう。だから、4分の3ということになっているのだと思う。先のエントリ「塩資源としての海水(2)」で試算した、海水塩を作るために消費する海水量が、「遠い将来」に、もしも環境などに影響を与えるとすれば、時間軸としてはその前に、立地条件のいい岩塩・湖塩が枯渇することも、あるかも知れない。現在、埋蔵している岩塩が枯渇する可能性を考えている人はほとんどいないと思う。それだけ岩塩・湖塩も「圧倒的な量」があるのだが、同じ「圧倒的な量」でも、地球上の全海水と比べると、岩塩・湖塩は少ないだろうという意味だ。

したがって、もしも「遠い将来」が、陸地の移動などによって新たに岩塩・湖塩が作られる前だとすると、岩塩・湖塩から海水塩の生産へシフトしていくことも考えられる。岩塩・湖塩は全体の4分の3だから、これが全部海水塩にシフトするとなると、単純計算で、現在の海水塩の生産量が4倍になり、海水を消費するスピードも4倍になる。

閑話休題。

こんなことより、もっと目に見える、工場排水・生活排水などの海洋汚染問題の方が、はるかに現実的というのが一般的な見方だと思う。しかしながら、ハシクレとは言え、海水から塩を作ることを私が生業としている以上、考えておくことは必要だと思っている。

環境問題という言葉が一般的に使われ始めたのは、ここ30年ぐらいだろうか。海水に限らず、地球上の物質を化学的に変えたものがどんどん増えて行くと、物質的にいずれは地球自体が変わることになる。空気、水、海、土壌、・・・・(遺伝子なんかもこれに加わるのだろうか)、それらはいずれも「圧倒的な量」がゆえに、少々の変化では何も変わらないように見える。しかし、それらに顕著な変化が起こってしまった後では、今度はその「圧倒的な量」がゆえに、元に戻ることは現実的に不可能になる。

よく「資源は有限」なんて言われる。すでにカウントダウンされている原油などではピンとくるが、無尽蔵に感じるものは実感が湧きにくい。しかしそんなものほど、生命には欠かせないものなのだ。原油がなくても人類は存続出来るだろうが、空気の成分が変わったらどうなるんだろう? と、同じように、生態系に影響を及ぼすほど海水の成分が変化してしまったらどうなるんだろう? と思うと、ゾッとする。

さてさて、キッカケとなった質問をしてくれたお二人には、お礼とともに改めた回答を伝えなくては。「今は、心配するほどのことではないと思うが、遠い将来、人間の営み次第では、問題になる可能性はあります」と。

2017年1月25日水曜日

塩資源としての海水(2)海水塩で消費する海水量

上の写真は、「Newton」別冊(奇跡の惑星 地球の科学 誕生と歴史、構造と環境)の中の海水の量などにについて記載のあるページ。

先のエントリ「塩の資源(その1)」の続き。

「世界中で塩が大量に作られ続けていて、海は大丈夫なのか?」

という命題について、先のエントリでは、地球上の海水は「圧倒的な量」のため、近い将来は変わらなくても、遠い将来は変わるハズだ。と、結論した。

ただその結論はひとつの理屈なので、このエントリでは、人間が海水から作るのに毎年消費している海水量は、地球の全海水のどのくらいに当たるのかを試算してみようと思う。数字に苦手なため、結論的な数字だけではなく、その過程も披露させて頂きたい。

最初に、年間、世界中でどのくらいの塩が生産されているか?
日本語のweb上にあったものを2点、以下に記します。

1.約2億8千万トン

塩事業センターのサイト内にある「塩百科」(世界の塩の需給状況)によると、「世界の塩の生産量は、年間なんと約2億8千万トン」とある。
http://www.shiojigyo.com/siohyakka/number/sufficiency.html

また、下記ページの「統計/各種調査」のページ内、「世界の塩生産量」をクリックすると、「2014年塩生産量(国別)」(出典:British Geological Survey)という50カ国分の数字があり、それらの総計は、278,645千トンとなる。おそらく、上記「塩百科」の「約2億8千万トン」と関係していると思われる。
http://www.shiojigyo.com/a080data/

2.約1億8000万トン

たばこと塩の博物館のサイトでは、「現在、世界中で1年間に約1億8000万トンの塩が生産されています。海水からつくられる塩は、そのうちの約1/4で、残りは、岩塩や塩湖など海水以外の塩資源から採られます」とある。
https://www.jti.co.jp/Culture/museum/collection/salt/s4/index.html

ちなみに、私が作っている「カンホアの塩」のwebサイト内のに、「いろいろな「塩」の違いとは?」という章があり、そこでは、たばこと塩の博物館の「約1億8000万トン」と記載している。しかし、「約2億8千万トン」の方が新しいデータのような気がする。その理由は、近年、年ごとに塩の需要は増えているからだ。

地球の人口は増える一方だから、食用の塩の生産も増えているのだが、それよりずっと大きな要素がある。例えば日本で消費される塩の需要として、食用は10〜15%に過ぎない。最も多い塩の用途は、ソーダ工業用(苛性ソーダなどの生産)で、その割合はおよそ75%にものぼる。そして、現在進行形で世界中の国・地域では、年々工業化が進んでいる。

詳細はともかくとして、話しを進めるために、世界での、年間の塩の生産量は、

約2.8億トン

ということにする。

次に、世界で作られている塩の、3分の2(およそ67%)は岩塩で、およそ8%が湖塩、残りの4分の1(およそ25%)が海水塩だ。つまり、「約2.8億トン」のうち、海水を消費して作られている塩は、

約2.8億トン × 25% = 約0.7億トン

となる。

次に、この「約0.7億トン」の塩を作るのに、どのくらいの海水を必要とするか?

海水の塩分濃度は、およそ3.4%だが、その塩分(3.4%)の中でNaClは78%ほど。きっちり全78%を塩にすることは出来ないので、大ざっぱに75%とすると、

約0.7億トン ÷ 3.4% ÷ 75% = 約27.5億トン

「約27.5億トン」の海水が必要、となる。
ところで、先のエントリで書いたとおり、「Newton」別冊にある海水の量は、

1,348,850,000立方キロメートル

となっていて、重さではなく体積になってる。ややこしくなってきたが、ここで諦めずに、「約27.5億トン」の海水を体積にしてみようと思う。海水の比重はおよそ水の1.024倍として、「約27.5億トン」の海水を体積(立方キロメートル)に換算する。

約27.5億トンの海水 ÷ 1.024 = 約26.9億トン分の水の体積

ということになり、「約26.9億トン分の水の体積」を「立方キロメートル」に直す。「1トンの水=1立方メートル」として、「1立方キロメートル=1,000,000,000トン(=10億トン)」。したがって、「約26.9億トン分の水の体積」は、「約2.69立方キロメートル」となる。

で、やっとこさ、地球の全海水量の中で、一年間で海水塩を作るために消費する海水の割合が出る。

2.69立方キロメートル ÷ 1,348,850,000立方キロメートル = 0.000001994%

このパーセンテージを大ざっぱに「およそ0.000002%」とする。そして、仮にだが、このペースで海水から塩を作り続け、地球の海水の1%を使うまでの年数はと言うと、50万年という計算になるのだが、いったい地球の海水を何%使うと、海の生態系に影響を及ぼすことになるのだろう。私には皆目見当がつかないが、切りがいいからと「1%」で50万年という例はよくない。0.001%では、500年。0.0001%では50年。このぐらいだと、感覚的に現実味が出てきはしないか。

ただ、この「0.001%では、500年。0.0001%では50年」というのは、海水を一方的に使う場合だけの数字で、雨や河川で海に戻っていく成分は考慮していない。単なる目安だ。また海水塩と岩塩・湖塩の関係も考慮してない。この続きはまた改めて。

2017年1月24日火曜日

塩資源としての海水(1)塩の生産量と海水量

先週金曜日の大寒で、「ここが寒さのピーク。こっから少しずつ暖ったかくなるんだ」なんて思っていたが、私が住む東京・昭島の今朝の最低気温は、何とマイナス4℃。幸いにも暖房器具が部屋を暖かくしてくれているとはいえ、春が待ち遠しい。

さてさて、私は海水から塩を作るという生業なのだが、去年、塩に関して、初めての質問を受けた。それも二人の別々のお客さんから、同じような質問だったのでとても印象に残った。一人は春頃に東京のラーメン店店主から。もう一人は秋頃に愛知県のスーパーマーケットの社長から。その同じような初めての質問とは以下。

「毎年、スゴイ量の塩が世界中で作られてるって言うじゃないですか。そんなに作って、海は大丈夫なんですか?」

まず、この「スゴイ量」というのは、だいたい年間、2億トンから3億トンということだ。そして、「大丈夫?」というのは、海の生態系への影響などのこと。そのときの私からの回答は、二度とも、こうだった。

「大丈夫です。なぜなら、地球上の海水は圧倒的な量だから。それに比べれば、人間が塩を作るのに使う海水なんて微々たるものです」

こう答えたものの、二度ともに回答後、何となく自分の中にはスッキリしない違和感が残った。そしてその後、ときどきそれをそれを思い起こしては思いにふけった。こんなこと世間では話題にもならないだろうなと思いつつも、もや〜っとしたその違和感に光を当ててみたくなった。

実はこの回答をした際、思い出していた資料があった。それは「Newton」という科学誌の別冊の中にあったもので、その別冊のタイトルは以下。(冒頭の写真)。

●なぜ、「水と生命」に恵まれたのか? 「地球」 宇宙に浮かぶ奇跡の惑星
●奇跡の惑星 地球の科学 誕生と歴史、構造と環境

(蛇足ながら、2冊とも同じような内容なので、ご興味おありの方は、どちらか1冊持っていればいいと思います)

この2冊には共通して、「地球の海は圧倒的なまでの水量をもつ」という見出しの、地球の海水のについての章がある。そして、「地球の海水の量は、1,348,850,000立方キロメートル」で、「常に大量に蒸発し続けているが、同時に雨や河川から水が供給されているので、海面が下がることはない」とある。

この「圧倒的な水量」という言葉とイメージは、私の記憶に染みつき、先のような回答に繋がった。しかし、それではその質問に答え切れていない感覚が残ったのだった。

それは何だろう?

まずは「圧倒的な水量」の海水から、世界中の製塩所で塩が作られ続け、雨や河川から水分が海に供給される風景を想像した。

「海水塩を作るために消費する海水」の成分。そして、「雨や河川から海に供給される水」の成分。理論的には、これらがイコールならば、確かに「海水の成分は変わらない」ということになる。しかし、イコールだろうか? いや、イコールではないハズだ。雨や河川の成分は、主に人間の生活スタイルの変化とともにどんどん変化しているハズだからだ。(詳しくは次のエントリ以降に) 無論「圧倒的な水量」の海水は、人間の一生分ぐらいではほとんど変わらないだろう。しかし、これが何千年、何万年と続いたら、人間よりずっと敏感な(プランクトンはじめ)海の生物に影響が及ぶことはなかろうか。及ぶとすれば、それは生態系への影響となる。

先のNewton別冊の記述は、あくまで「水分量」についてで、「海水の水位は変わらない」ということであり、その水分に含まれた「成分」については一言も言及していない。確かに、「圧倒的な水量」の海水にとって、人間が塩の生産のために使う海水は微量かも知れない。しかし、これが循環ではなく、不可逆の一方通行の変化となれば、「塵も積もれば・・・・」である。

私は、海水から塩を作っている生産現場へ、年に1〜2度行く。目の前に大きく広がる海があり、その海から海水を引き入れて塩を作っている。そこは世界の中では、とても小規模な生産地ながら、感覚として、それで海水の成分が変わるなどとはとても想像出来ない。しかし、先述のとおり、遠い将来となると、変わり得るのではないか。先の回答をした後に私が感じた違和感は、それだったように思った。

次のエントリでは、もう少し踏み込んで書いてみようと思う。

2016年12月20日火曜日

大阪のふぐ

私は東京生まれの東京育ち。関西は京都界隈に2年ほどいたことがあるが、大阪は全く知らない。そんな大阪に、先月、出張した。一人で夕方以降に時間が出来て、その日は泊まり。これはどっかで一杯やらないとと思って、なんば駅から戎橋筋のアーケードを抜けて道頓堀へ。繁華街をしばらくウロウロした。冒頭写真の「道頓堀」というネオンが、大衆的な懐かしさを醸し出していて、「これ大阪っぽいな」と、勝手に思った。

歩きながら、「昔、『道頓堀川』っていう映画があったよなー」とか、「道頓堀劇場っていうストリップがあったよな、あ、あれは渋谷かぁ」とか、「大阪八百八橋って言うよなー」とか、「阪神が優勝すると、飛び込むのはこの橋からなんだな」とか、すっかりお上りさん気分に浸りながら、歩いていると、やや古びたように見える、ふぐ屋さん。店構えからこの店に決めた。ふぐ料理「与太呂」東店。
「一人なんですが」と入り、様子をうかがっていると、「こちらのカウンターでも、奥のテーブル席でも、どちらでもいいですよ」と声を掛けてくれた。入口すぐの細長いスペースに5〜6人のカウンター。広くなってる奥には、テーブル席が10ほどあっただろうか。テーブル席は常連客で埋まっている雰囲気だったし、「東京から来た心細い一見のひとり客」ということ、そしてテーブル席より仲居さんと少しは話しがしやすいかもと思い、他の客がいないカウンター席についた。

目の前に壁に「ふぐ料理」と題したメニューがかかってる。
ちりなべ 5,080円
お造り 2,480円
おぢや 390円
清酒 白精上撰 350円
ビール(中) 500円

何とこれだけ。
「ちりなべ、お造り、それとビールお願いします」。
それを仲居さんが厨房に注文を通すのだが、ひとこと、「両方!」。(笑)
そうだなー。メニューこれだと、選択肢は「なべ」、「お造り」、「両方」の3つしかない。

ビールを飲み終わった頃、てっさが出てきてた。あわててお燗を注文。「ヒレにしますかー?」と言われたが、ふぐ自体を味わうには、ヒレにしない方がいいように思って、普通のお燗。
すごいボリューム。お造りにしても、トウトウミにしても、東京の1.5倍から2倍はあるような・・・・。そして、薄くない薄造り。鯛や平目より少し薄いぐらいだ。ん〜、うまい。薄いと少しのふぐを大事に食べる感じになるが、この厚さだと「うまいものをしっかり食う」という感じになる。「スッゲーなー、これが大阪のふぐってことか」とちびちび飲んでると、なべ登場。
これがまたスゴイ量。(写真がどれも食べかけです)
脇役のポン酢・アサツキ・紅葉おろしが、上品な感じじゃなくていい。甘味がほとんどなくて出汁なんかが利いてないシンプルなポン酢に、アサツキ・紅葉おろしをドサッと加える。ときどき、出汁がしっかりきいた甘めのポン酢がふぐと一緒に出てくるが、あれはいけない。こういうのでないと。そしてこういったふぐはもちろん、ポン酢が「大阪では、ふぐは高級品じゃなくて、みんなのものだよ」と主張している気がする。うまい。うまいが、なべの後半は、何とかこれを平らげないと、「おぢや」に行けないという思いでいっぱいだった。

そして、何とか「おぢや」を注文。
おぢやを作ってもらうとき、化学調味料が使われることが多いので、よそ者とは言え、そこだけは言わせてもらった。

「あのー、化学調味料が苦手なので、塩だけで味付けしてもらえますか?」
「そうなのよね。私も家では使わないんだけど、ここでは(何も言われなければ)使うのよね。(あなたの言うこと)分かりますぅー」

あー、よかった。そして、何とか「おぢや」まで食べ尽くした。しばらく動けない。

それにしても、この上ないシンプルなメニュー。カウンター席だったので、一応きいてみた。

「メニューが分かりやすいですね。余計なこときくようですが、まさか、頼めば白子や唐揚げがあるなんてことないですよね?」
「ありません。うちはこれだけなんですよー、すみませんねー」
「やっぱり、そうですよね」

まー、何しろ、ふぐ屋さんというと、東京では敷居が高いし、値段も高い。(最近は、安いチェーン店があるが、それも高いことの裏返しだ) 「大阪のふぐ」と話しには聞いていたが、本当に食い倒れた。

お会計は、ちょうどメニューを全部ひとつずつ頼んで、8,800円也。ただ、これは二人でちょうどいい量だということを言っておかねばならない。

会計の際、「東京から来たんですけど、東京の倍の量ですね」と言うと、「みなさん、そうおっしゃいますぅー」と軽く返された。「たらふくご馳走になりましたぁー」。これで私の慣れない上方の会話が成り立ったんであろうか。

ええかっこしいの東京のふぐ。「うまいもんは腹一杯食う」大阪のふぐ。しょっちゅう食べる訳ではないので、ちまちま頂く東京のふぐもいいのだけれど、もっと身近で気軽に腹一杯食うふぐの方が王道だな。

ところで、このふぐ屋さん、夏場も同じメニューでやっているのだろうか。それ、聞くの忘れた。でもやってそうな気がする。同じメニューでね。